清里なう2【2016-05-11】



しかしバブル期っていったって、たいして知らんのです。
調べてみたところ、私が小4くらい、から中2くらいまでの時期だったらしい。
父は公務員だったし、バブリーだった感じは、記憶にないなぁ。

うちのコタツのカバーに、「清里 原宿」と明朝体で柄みたいにたくさん印刷されていたのが、やや「?」な思い出として残るくらいか。

ま、祖父母の家が山梨なのでそちらの関係だと思うけど。




しかし今考えてみれば、あんなものをつくっちゃうくらいすごかったのね。

「社長、これで本当にいいんですね?この柄で?コタツカバーで?」
「いいのよ、清里って入ってるだけでいいの、売れるのよ〜」
「原宿、じゃないけどいいんですね?」
「いいからやっちゃって〜」

みたいなね。相当な勢いが無いとあんなものつくれませんわ。
てか買ってるし。なんで買ったよ!

中2でバブルはじけてたのか。
中2っていったら、現役の中二病で絶好調のあの頃だ。
ある意味、あそこで終わってたのかな。
俺。

バブルと共に

過去のブログ記事の発掘と保管作業 “ftabuta-again”

【保管時のコメント】
考えてみたらあのこたつカバーは母が縫った可能性あるな。だとしてもあの生地は存在したわけだし。うーぬ

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