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髷の変化と月代(さかやき)についての考察【2012-01-11】


まず、髷の変化について考えてみたい。
これは割と単純な変化であると考えられる。
 
髪長い→うっとおしい→後ろで縛る
 
ね。
で、立てちゃおうかな、いやいやこう縛ってタラッと前にやっちゃおうかな、
なんてね。
図の上の3つは容易に想像できるのである。
 
ここからが本題。※図の下
 
なんで剃った?
なんでそこ剃っちゃった?
 
不可解である。同じ民族でありながら理解に苦しむ。
月代(さかやき)と言うらしいが。
 
私のうすっぺらい知識では、安土桃山時代近辺に流行り始めたようだ。
知らないけどね。
 
コノモンダイムズカシイネ。デモガンバルネ。
 
おそらく。おそらくだ。
その時代に庶民から流行るはずはないから、偉い人が始めたんでしょうよ。
間違いない。
 
その人、額狭かったでしょ?
すっごい狭くてコンプレックス持ってたでしょ?
額広い方が武人っぽいって、思ってたんじゃない?
 
ある日さ、髭剃ってた時さ、剃ったでしょ?剃っちゃったんでしょ?
「どーじゃこれで誰より額が広いわっ!」て。
 
それから家臣が集まった広間でお披露目しましたよ。
そりゃザワつきますよ。だってあんなに剃っちゃって。うわー。
でも殿がやってんだもん笑えないしえ?やるの?やったほうがいいの?
みんなやったほうがいいの?ザワザワザワザワ。
 
ていう。
 
ね。

 

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【保管時のコメント】
南無三!

2件のコメント

  • はせがわ

    月代は、平安末期に武士の間で戦の際に
    兜を被った際に頭が蒸れるのを抑えるために始まったそうです。(現代でも軍人さんは蒸れ防止のために丸坊主にしますね)
    戦時用の髪型とあって平時は月代は剃らなかったのですが、戦国時代になってから月代を剃るのが武士の間で一般化しました。
    江戸時代に入ってからは平民までもが「武士の髪型」を真似し始めて、いつしか成人男性の一般的な髪型になったそうです。。。

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